霧島ケ丘バラ公園見学記

 平成9年/1997 「ローズふくおか」No.9 掲載

 去年12月17日、会社の出張で鹿児島に行ったときに、偶然にバラの話になって、バラなら鹿屋に行ったことがあるかと鹿児島県人に聞かれ、いや、無いといったところが、なかなかにいい所と思うが、唐杉さんではね、という。もともと公園のバラは咲き殻をそのままにしているのが管理上どこに行ってもだらしなく、そこのところが嫌いで、公園バラを馬鹿にしてきたきらいがあった。公園という建前からそれはしようもないことかもしれないが、そういうバラを含めて人々は美しいと言うものだから、抵抗があって公園バラを評価出来ないでいたのが、今までのわたしだった。

 霧島ケ丘は鹿児島市内から桜島経由で約2時間、航空自衛隊や体育大学で有名な鹿屋市の丘陵地帯にある。時期は外れているし、花を期待していったわけではないがどっちみち、大したことはないのだから、まあ暇だから話のタネに行っておこうという気持ちでだった。

 しかし、行ってみて驚いた。1.7ヘクタールの敷地を浅いお椀の底のように位置させ、東南東部は日光を受け入れやすいように下りの勾配にして開放してある、言わば理想的に近い地形に仕立て上げた設計者の気持ちが伝わってくる作りとなっていて、これがわたしの先入観をまず根底から崩してしまうこととなった。

12月とはいってもまだ樹の勢いがあるものだから、いくつかは勢いのある咲きかたをしていた。手入れは大変良く行き届いていて、関係している職員の心意気が無条件に伝わってきた。ばら園は牛糞堆肥の匂いがかなり強烈に漂っていたが前日に敷きつめたばかりという。樹も若く勢いのいい樹々がシュートをどんどん出していた。

 ウドンコや黒点病は少しも見られない。栽培についての注文はいくつかあるかもしれないが、技術の巧さ拙さでなく、公園バラは管理者の熱でしかないということがよく伝わってきた。咲き殻もかなり執拗に丁寧にむしり取られていた。このような情熱のこもった素晴らしい管理。ここまで仕上げた人は一体どういう人なんだろう。わたしはつい職員の方といろいろ話してみたくなった。

 職員は鹿屋市役所の方で門倉さんと言われる。これまでばらを栽培した経験はどうだと気になって質問したが、皆無だということだった。しかし、農業ではかなりの経験を有しておられる方だとお見受けした。この方が京成バラ園に1週間ほど実習に行かれただけと言うことだっ た。もっとどこかに行かれて経験を積まれたのか聞いてみたがそれだけだということだった。熱なのだ。熱しかないのだ。熱がわたしにぐっと伝わってくるものがあった。

 よくバラ熱症候群といって、ばらの初心者は必ず罹る病気があって、その熱のポテンシャルがその人のバラ栽培の技術水準をも決めてしまうとよく言われているが、この人にもこの言葉が当て嵌まるだろうか。これだけの広大な面積と公の職員としての業務を任せられた一人の人間がどうやってこれをここまでなし遂げたのだろうか。

 造形建築の感覚も必要だった。与えられた広大な敷地の此処をバラ園と決め、周囲の地形を利用して、入ってすぐ左の土手はツルバラを上から下に這わせたいろいろの種類を配備させ、正面真ん中はつるを円形状にしつらえ、アーチ式の蔓バラもふんだんに盛ってあり女神像を中心からちょっと横にはずして、一面にHTやフロリや赤レンガの石畳の両脇に一杯に咲き乱れる。中心部から入り口およびやや左側の西南西をみると、タワーをはるか向こうに見ながら赤、黄、白、 橙、 ピンクとHTの色とりどりの花が自分の方に迫ってくる。また東の日当たりの良いところはメイヤンが試作中のものを含めて、門外不出の品種も沢山有るということだった。

 このように立体的にしつらえた全部で1,000種、14,000株もあるという1.7ヘクタールの広大な敷地をどうしてこのように管理できるのか、不思議に思えてきた。

 その次に行ったのは1月15日のことだった。花も咲いていないこの時期に宇土の福島氏がわたしの宣伝よろしきを得たのか、それに乗って来て二人で行くことになったのだが、この日の目的は私が荒尾のバラ公園をヒョンなことから係わることとなり、そのために公園用のバラの品種を接ぎ木して増やす必要が出てきたためである。

 福島氏としてはわたしのいつもの調子に騙されないぞという気持ちも有ったかもしれないが、彼も公園美については少なからず興味を抱いていたことも事実のようで、一緒についてきてくれたのであるが、わたしだけの感動に終わらなかったのは幸いであった。

 わたしが今まで栽培したことのある品種でいまやコンテストマニアになっているために淘汰されてしまったルー ジュメイヤン、プリスタイン、ニューアベマリア、芳純、かがやき、プレシアス プラチナム、ラブその他もろもろを懐かしく思い起こしながら穂を切っていく間、福島氏は門倉氏と話していたが、いろいろの話した中で最も印象的だったことは消毒の際の使用量ややり方だったという。 わたしたちの一般的な常識では大体わたしでは敷地200平米で一回あたり70リットル、福島氏では300平米では150リットルと大体こんなものだが、この公園では 1トン程度と言われる。敷地は17,000平米であるからわたしたちのやり方だと少なくても5トンは必要であるが、実にその5分の1で済んでいるということ。

 さらに消毒の方法は密植したところにトゲのささらない厚めのジーパンを着用して分け入って行かれるというわけ。それに雑草も一本も生えていないのだから、本当のところ恐れ入ってしまった次第。そしてそれではそこに働く人間はかなり多いだろうと思って尋ねてみたが、驚くなかれ、公園全部の敷地10ヘクタールを作業員13〜15人、職員2人でやっておられるという。バラ園以外に延べ8.5ヘクタールあるが、ここも管理が大変であるのに、である。

 わたしたちは消毒はこのくらいは最低やらなければ病気が起こると考えているが、実際はもっと工夫の余地がありはしないか非常に反省させられた次第である。

 次に行ったのが5月18日である。鹿児島の気候は一般に暑いというのがわれわれの常識でなかろうか。しかし、鹿屋は海洋性気候というのか、考えているようには暑くなく花の時期も例年5月25~26日が満開日だというのが、門倉氏からの情報だったのでこの日に決めたのだが、残念なことにすでに今年は満開を過ぎていて、いまから咲かんとする花はほとんど見られない状況だった。幹事のわたしのちょっとした気配りがあれば思い切って5月の連休の最後の日に設定する方がはるかにベターだったことになるが、後の祭り。

 しかし、やはり思っていたとおり、時期が過ぎたと言っても凄いのには違いなく、一緒に賛同して来てくれた人達の何人かは初めて見る南端鹿児島は鹿屋のバラがかなりのレベルにあるということを認知してくれた。わたしはバラ園を比較して評価するほど見ているわけではないが、また、比較すると差し障りがあるかもしれないのでやめたいが、バラ園の善し悪しはひとえにそこに専門的に従事している職員の熱意だと思えて仕方ない。そういう意味ではここ鹿屋のバラ園は間違いなく日本では第一級のレベルにある。(わたしがこういう言い方をしたら、メイヤンがもう幾度となくここに来てくれた、そして彼による未発表の品種数十種も試作しているという門倉氏からの補足的な見解がかえってきたことを是非申し上げておかねばなるまい。)

 わたしは咲き後を見るよりも、今から咲こうとするところを見る方がより楽しいに違いなく、今回はそういう意味で失敗だった。またチャンスもあるだろう。その時のために取っておくことにしよう。

 来年春は連休の最後の日にツアーを計画中である。ご希望の方はどうぞ。


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